最後の一杯に選ばれる酒造り 〜静岡県 遠州山中酒造〜
酒造・メーカー紹介
長きに亘る伝統に加え、力強い発信力と勢いのある酒蔵「遠州山中酒造」。静岡県掛川市横須賀地区は古くも情緒ある街並みに囲まれており、旧街道に建つ木造蔵は安政7年と歴史深いものでもあります。
今と昔を融合させながら、新しい日本酒の未来を切り開こうとチャレンジされている代表取締役社長兼杜氏の山中久典さんにお話を伺いました。
コンテンツ
行動力旺盛な近江商人が原点
本店のある滋賀県日野町は、酒蔵を経営している家ばかりあるんですよ。酒蔵はないのに隣の家は茨城で酒造っているとか、斜めの家は栃木で酒造っているとか、そんな面白い街なんです。
酒造りに欠かせない水の恵み
各地を歩き、良水を求めて辿り着いたのが今の掛川市横須賀。遠州山中酒造が使用する水は、遠州灘の海岸線までおよそ200年かけて濾過されていく南アルプス赤石山系の伏流水。地下120メートルから汲み上げられ、毎分260リットルという豊富な水量に加え、酒造りとの相性が良い超軟水と恵まれた環境にあります。
山中社長
元々、大竹酒造という酒造会社が今の地にありました。廃業されるということで後を継いだ。昭和の戦時中までは、うちを含めてこの旧街道に四件酒蔵があったのです。それくらい水どころなんですね。醤油、味噌など全部の醸造関係が残っている。うちも昔、醤油を作っていましたよ。
父と歩む酒造りの道
昭和初期、現在に繋がる形で独立をされました。この地で目指された酒造りとはどのようなものでしょうか?
山中社長
父は農大の醸造学部の一期生なんですけれど、酒類鑑定官という国が酒の品質を保つために集めた研究者として勤務をしていました。お酒の知識を持っていたため、父に習って父の理想を形にするものを造ってきました。父が経営の時も杜氏が来ていましたけど、ここに来て一年目で金賞を獲れるということがありましたね。
父にやり方を教わり、父のやり方で出世していきました。杜氏と対等に喋れるような存在でしたね。故河村伝兵衛さんも習っていたくらいです。
自ら酒を仕込むということ
杜氏の高齢化や時代の流れにより、杜氏や蔵人が酒蔵に出向いて酒造りをするというシステムが崩れていきます。遠州山中酒造も同じように岐路に立たされました。
山中社長
自醸蔵に段々と変わっていきました。杜氏もいなくなるし、自分達も全然習ったことないので今後不安なわけですよね。父から「俺が教えるから家族で造り始めよう」ということで始めたのが最初のきっかけです。それが平成13年。そこから金賞も銀賞も戴きました。
数々の受賞歴に裏付けされた味わいの魅力
IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)やKura Masterなど数々の受賞歴を持ち、商品数の多さも魅力な遠州山中酒造。どのような味わいを目指されているのかお伺いしました。
山中社長
すんなりと入って、すんなりと喉を流れていく、その後にふわっと香りと味わいが残る。またこれ飲みたいなぁと思うようなお酒ですね。そのためには低温で発酵させて、十分にお米の旨味を出していくという作業が大切なんです。
醪日数がすごく長いのです。40日近くあります。普通でしたら20日でお酒になってしまうところをじっくりと引き出すんです。こんなに低くしたら酵母死んじゃうんじゃないかと思うようなくらい低くするんですけど、それに耐えられる環境を酒母の時点で与えてやるんです。
山中社長
良い麹を造るのは当たり前なんですけど、やはり酒母なんですよ。そこで温度を上げ下げして休ませたり、発酵させたりするんです。より良い酵母を残していく、これが一番。人間でいうと子供を寒い地方で育てれば、そこに慣れて環境に合った子が育つのと同じなんです。
山中社長が考える料理とのペアリング
海が近いため浜風が吹く影響で、仕込み中も浜風の塩み、ミネラルが入ってくるとのこと。海産物との相性の良さを教えてくれましたが、意外なところで中華もおすすめのようです。
山中社長
山椒がきいたような麻婆豆腐や田楽味噌、香辛料や生姜とか薬味を加えたものが意外にも合います。香辛料のスッキリ感や薬味の味わいを邪魔せず、でもお米の主張もあるという形でしょうか。
飲み屋さんなどでも色んなお酒飲んでもらっても良いんです、浮気しても笑。最後の一杯には「葵天下」。最後に必ず飲みたいなというお酒。これがないと!という存在でありたいですね。
地元の祭りでも愛される遠州山中酒造の存在
気になるのが地元で執り行われる三熊野神社大祭。なんと三日三晩、朝から晩まで酒を飲んで袮里を曳き回すのだそう!道端に横たわる地元の方もいるそうで、「ひょっとことか太鼓に合わせてずっと踊って、見てるだけで浮かれちゃうんですよ。お囃子の調子が良くて!そうするとお酒も飲みたくなっちゃうんですよ。」と山中社長が楽しそうに語ってくれました。
守りたいもの、チャレンジしたいこと
山中社長
守りたいものは手づくり。大事な工程は手間暇をかけて、けれど品質管理には最新の技術を。和釜で蒸米を蒸しあげたり、古式槽を用いて一つひとつの酒袋を敷き詰め槽搾りを行ったり。切り返しも機械ではなく、何時間掛かっても全て手でやります。
チャレンジは販売の面。アメリカンコミックのイベントに参加しているのですが、普段、日本酒を飲んだことがない方が買って帰られるんです。やはり若い方の層を増やしたいですね。日本酒ってこんなに美味しいんだと知ってもらいたい。
山中社長
今まで飲んだことがない方の層を広げるのがこれからの挑戦ですね。お酒が苦手な方でもうちのお酒は飲めると思うのでこれからも続けていきます。造り方を守りつつ、広がりを挑戦。今までになかった日本酒の生き方かもしれませんね。
天下を取れるようにと名付けられた日本酒「葵天下」
歴史ある木造蔵や酒造りの現場を見学できるよう、魅せる蔵づくりを進めている遠州山中酒造。書家の武田双雲さんが書かれた「葵天下」の文字とラベルデザインが美しい1本をご紹介。手間を惜しまない槽搾りの文字にありがたみを感じてしまう逸品です。
山中社長
近江商人をしていた山中家が、「高砂」をはじめとする四蔵を富士、富士宮で築き、酒造りを始めました。「高砂」は今違う会社になってしまったのですが、元々は発祥なんです。「高砂」から蔵を増やしていき、豊富な水量と水質の良い水を求めて今の地にも蔵を持ちました。
実際は滋賀県日野町に本店と呼ばれるお家があるんですね。酒蔵のあるこちらが支店。近江商人というのは面白いもので、天秤棒を持って滋賀県の地のものを各地に売りに行って、そこで売ったお金でそこの違う産物を買って他所に売りに行って。どんどん財を増やしていき、最終的には行った先でお店を持つようになりました。