「名脇役に徹し、食事を主役にする酒」繊維の街、児島から世界へ。-岡山県 三冠酒造-

酒造・メーカー紹介

「名脇役に徹し、食事を主役にする酒」繊維の街、児島から世界へ。-岡山県 三冠酒造-

三冠酒造について

三冠酒造」は、江戸時代後期の文化3年(1806年)に現在の地で創業しました。

今年(令和4年)で創業216年を迎えましたが、販売の長期低迷により10年前には廃業の危機に陥いりました。全くの異業種をしていた長男の「前畠 眞澄氏」が後継者となる決断をし、現在再興を目指し奮闘しています。令和元年から新たに「藤井 時弘氏」を杜氏を迎え三冠らしい酒の表現に取り組んでいます。

 

代表酒「三冠」

代表酒「三冠」

三冠」は水島新司の代表作である野球漫画「あぶさん」に、児島の酒として登場しています。劇中で主人公が当酒を飲み、三冠王を見事獲得するというシーンがあり、ゲン担ぎの酒として紹介されています。かつての“あぶさんファン”には愛されていた銘柄です。

三冠」の由来は、明治36年(1903年)に、当蔵銘柄「富士正宗」が「第五回内国勧業博覧会」にて天皇陛下より褒状を授与され、明治44年(1911年)に当蔵銘柄「祇園」が再度褒状授与しました。その後、3度目の褒状授与を目指し「三冠」という銘柄に変わりました。

 

野球漫画「あぶさん」に、児島の酒として登場

名脇役に徹し、食事を主役にする酒

三冠酒造」の近くに岡山県を代表する、下津いという漁港から一番近くにある蔵です。

下津井港で水揚げされた魚介類とのペアリングを考えて酒造りに取り組んでおり、魚料理の旨味を引き立て、魚の油に勝る旨口の酒に仕上げるように心がけて造っています。

そして米本来の味がしっかりする、ご飯の代わりになるような食中酒として飲み飽きしない旨口の酒造りに取り組んでいます。

 

名脇役に徹し、食事を主役にする酒

造りへのこだわり

当蔵から数キロのところに日本を代表する委託精米所の新中野工業があります。

日本全国から高級酒用の委託精米が集まる企業が目と鼻の先にあり自社精米所のような便利さで高品質な精米が出来る環境下です。

全量「特定名称酒」蔵と言うコトもあり、決して妥協しない全量吟醸仕込みとなっており、全ての銘柄で「糀」は箱糀にて手作りとし、時間と手間を掛けじっくり丁寧に仕上げています。

仕込みタンクも全量小型なモノを使用し醪温度の管理を徹底出来るようにしています。
地元の漁港で水揚げされる海産物とのペアリングを主に考え醸しています。
当蔵はまだまだ小さい蔵ですが企業理念である「酒造り一筋」を心に能登杜氏に次ぎ、二番目の歴史を持つ備中杜氏の酒造技術で実直に酒造りをしています。

酒米へのこだわり

当蔵が使用するお米は岡山県発祥の2大米を使っています。「雄町」と「朝日」と言う米の2種類です。

現在「3大酒造好適米」の一つにも数えられるようになった雄町は岡山の高島地域に有る雄町地域で発見された酒造好適米の原種となります。

雄町米の品種改良を経て、現在の山田錦や五百万石と言った酒造好適米として重宝されている品種の2/3は雄町の血をひいた品種といわれています。岡山県が生産量の97%以上を占めており岡山県を代表する酒米です。

次に「朝日」ですが飯米の原種として岡山発祥のものがあります。古くから「東は亀の尾、西は朝日」と我が国の美味しいお米の代表とされており、2種の米を掛け合わせ現在の美味しいお米の大部分がつくられました。

味わいがとてもスッキリしている為、寿司のシャリなどでもよく使われています。食べても旨いし、醸しても米の味がしっかり出る酒になるという特徴があります。

岡山県にはこんな良い米がると言うことを酒造りをきっかけに全国そして世界へ発信して行きたいとの思いでこの2種の米を使っています。

 

酒米へのこだわり

仕込み水へのこだわり

昔、蔵のある沿岸部は塩田で埋め尽くされていました。炎天下の入浜式塩田で働く浜子達の間で「みこえの水」と呼ばれた水。喉を潤す冷たい旨い水として重宝され当蔵が有る近隣地域の生活用水としても昔は使われていました。

海の近くなので「塩分があるのでは」と言われますが花崗岩の地質で磨きぬかれた清冽な純水です。酒造りで米も大切ですが、一番のウエイトをもつ水にも拘りたい気持ちが強いです。ワインでもテノワールを大切にしているのと一緒で、日本酒も変わらず拘りたいとこです。

地酒と言うからには、やはり蔵がある地元の水を使ってこそ地酒の本来の意味があると思っています。

 

仕込み水へのこだわり

三冠酒造の夢「前畠 眞澄氏」

三冠酒造」の歴史は今年215年となります。しかし一時は閉鎖の危機もありました。

私は継ぐ気は無く家を出ていましたが、いざ閉鎖となると何かとても感慨深いものがあり使命感に駆り立てられたコトを今も記憶しております。

当蔵は昭和40年代後半から50年代頃、灘の大手酒蔵に全量桶売りをしており地元でも販売店には商品が出ていなかった時期がありました。

そこから一気に桶売り契約を切られ、自社ブランド化に乗り遅れ日本酒の低迷期と重なり先代は大変苦労したと思います。

私が帰って来たばかりの時、地元のイベントや催事にて隣の町の方すら当蔵の存在を知らず「そんなトコに酒蔵何てあったかな?」と言う声をよく耳にしました。その時私は「絶対に児島のみんなが誇れる蔵にしよう」と心に決めました。

児島は繊維の街、東京はもとより世界各地に出張に行かれる方が沢山います。そんな時に「これ地元の地酒です」と言って手土産で持って行って貰える、選んでもらえる蔵になる「我々の地元児島にはこんな旨い酒を造る酒蔵が有るんだ」と言って頂けるように。

 

三冠酒造の夢「前畠 眞澄氏」

 

これが前畠眞澄氏の目標であり、使命だと語ります。

 

文:日本酒鑑定士協会 瀧村健治
編集:LIQLOG

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